鬼が山登ったら

 スイリョクタウンの東側、町の中と外の境界の川。そこにかかる赤い橋を渡る。こうして三人でキタカミセンターへ向かうのは一昨日オモテ祭からの帰り道ぶりだった。ゼイユが先頭に立って進むのは一昨日と変わらない。変わったのは今アオイの隣に並んでいるのはオーガポンだということ。前回隣を歩いたスグリは今、少し後ろを歩いていること。
 
 先頭のゼイユは一人でお喋りしている。アオイは相づちを打っているがその内容は耳には入ってきても、半分くらいしか頭の中までちゃんと届いていなかった。ついさっきスイリョクタウンで見た町の人たちとオーガポンの笑顔、その光景でアオイの頭の中はいっぱいだったからだ。
(スグリ、すごかったな……)
 今までスイリョクタウンの人たちが大事に伝えてきた歴史。ともっこと鬼のおはなし。この歴史が誤りだった。暴れた鬼は悪者ではなく、ともっこたちこそがオーガポンの大事なお面、そして一緒にいた大事な人を奪ったこと。信じてきたキタカミの歴史が全く真逆だったと知って拒絶しなかった。そのうえ、そのことをオーガポンに謝って、今まで大事に保管していたお面までを返してくれた。そうそうできることではない。
 
 後ろにいるスグリに話しかけたい!
 学校で読んだ『ガラルの歴史』についてもっと知りたくて、著者やガラルの歴史にまつわることをインターネットで検索していた時に見つけたニュース。“ガラル王家 、ガラルの歴史を暴いたソニア博士と衝突!?”というセンセーショナルなタイトルで書かれていたネットニュース。
 本の出版後、ガラルの英雄とされていた人物の血を受け継ぐ一族とソニア博士のトラブルがあった。それ以上詳細なことは書かれていなかった。その後の顛末も語られていないし、そもそもあまり品の良くない規模の小さなニュースサイトだった。自分が見たものもいわゆる炎上目当てのデマかもしれない。
(あの後、エキシビショントーナメントにガラルの王族の人たちが出てる動画とかあったし、とりあえず、もうなんともないんだろうけど)
 あの変な頭の人たち……と動画の様子を思い出す。
 そんな風にネットニュースで取り上げられるくらい、反発があると想像できるのだ。今まで続いてきた、みんなが信じてきたものをひっくり返すということは。
 
 しかしそれをスグリは成功させた!
 きっと怖かったろうに。自分の伝えたいことが伝わるか、信じてもらえるか、拒絶されないか。町の人たちにともっこの情報を聞くのも照れるって言ってたくらいなのに!スイリョクタウンのひとたちがともっこを大事にしてきた様子をずっと見てきたスグリが、それを恐れずに行動したのがすごい! 勇気がある!!
 
 こんな風にアオイは頭の中で自分がどうしてこんなに、ついさっき見た光景のことばかり考えてしまうのか。必死に言葉を集めて理由をこねくり回していた。
 この考えをスグリに話しかけたいな、後ろにいる、少し離れた彼に。そう思っていても、わざわざ振り返って彼の元まで戻って話しかけるのはなんだか難しいような気がする。(たった数歩引き返すだけなのに)
 
 話しかけるタイミングを探していても、ゼイユはまだ前で話し続けているし、オーガポンもスグリも静かに前に進んでいる。サワサワと竹の揺れる音が聞こえてくると、もうすぐキタカミセンターへ続く石段が見えてくるはずだ。
「ぽに!」
「わ!? どうしたのオーガポン?」
 アオイは随分ぼんやりしてしまっていたようだった。声をかけられて大げさに驚いてしまった。懐からお面を取り出して、こちらへ見せてくるオーガポン。お面がちゃんとそこにあることを確かめるようにまじまじと眺めたり、顔につけたり、外したり。そうして再びアオイに見てほしい、と言うようにお面を向けてくる。
「お面、戻ってきてよかったねぇ! 大丈夫、これからはずっとオーガポンと一緒だよ」
 歩きながらよそ見をするのは危ないと、オーガポンの空いている方の手を握る。
「ぽ! ぽに!」
 お面を振り回してひょこひょこと踊るように回転する。
「スグリが頑張ってくれたから、明日からは街にも入れるからねぇ、嬉しいねぇ!」
 アオイもつい嬉しくなって、オーガポンとつないだ手を大きく振ってスキップする。
 暗くなっていくなかでも、オーガポンの輝く瞳にはアオイの顔、沈む夕日、薄紫の空が映り込む。
 さなか、ガクンと膝が抜ける衝撃で意識が引き戻された。小石か何かを踏んづけてバランスを崩したのだ。左胸のドクドクと言う鼓動が体に不調がないか、周囲に危険はないか警告を促している。
「びびび、びっくりした~。あ、大丈夫だよ、転んでないよ」
 心配そうに覗き込むオーガポンへ、ヘラヘラと手を振ってみせる。自分自身にも、なんともないと言い聞かせるように。
「ふたりとも危ねーから前さちゃんと見て歩きな」
 ありがとう――と見上げても、追い抜きざまに声をかけてくれたスグリは、もう前を見据えていてその表情は見えなかった。また、声をかけるチャンスを逃してしまった。
 
 長い石段を登るという単純な行動は脳みその働きを活発にする、ような気がする。いまやアオイはゼイユから振られるお喋りに適当な相づちを打ちながらも、頭の中で自分だけの考え事を進めていた。今考えていることはそう、さっきオーガポンが見せてくれたお面を取り返した時のことだった。
 ともっこからお面を取り返すのはきっと自分じゃなくても出来たことだった。さらに言えば自分よりも強いトレーナーならば、もっと簡単だっただろう。例えば、そう、ネモとか。アオイは自分の家の〝お隣さん〟で目をかけてくれる目標としている少女を思い浮かべた。彼女はバトルがとっても強いし、真面目で心根も優しい。もしこの林間学校に来たのが私じゃなくて彼女でも、きっとオーガポンを助けようと、お面を取り戻しに行っただろう。ペパーもきっとやるだろう。次に思い浮かべたのは上級生ながら友人である少年。スパイスを手に入れるためにヌシポケモンと戦う時は自分と彼と二人がかりでバトルしている。ともっこからお面を取り戻すのは苦戦するかもしれないが、ゼイユと二人がかりならきっと大丈夫でしょ。ボタンは――スター団とのバトルをサポートしてくれる少女を思い浮かべる。わたし、まだボタンがポケモンバトル見たことないんだよね。でも、困ってるオーガポンを放っておくなんてことはないんじゃないかなぁ。むしろコンピューターやインターネットに詳しい彼女のことだから人とは違う、あっと驚くような発想でお面を取り戻すのに協力してくれるのかもしれない。
 ゼイユとスグリにきょうだいにネモが対面したら、彼女のポケモンバトルへの熱心さと情熱に意外と二人はたじろいでしまうかもしれない。ペパーは逆にスグリとそろってゼイユの勢いに負けてしまうかもしれないけど、ピクニックで自慢のサンドイッチの腕前を披露したりするんだろうか。ボタンはゼイユの剣幕に呆れちゃうかな、そもそもこういうオリエンテーリングは苦手だろうか。
 キタカミの里で友達になったきょうだいとオレンジアカデミーの友達がもし出会ったらと想像してみたら、鼻から笑いが漏れてしまった。
「アオイ! あたし今真面目な話してるのに何笑ってるのよ!」
「あはは、ごめんごめん」
「ねーちゃん、ずっと自分の話ばっかじゃん」
「スグ! うっさい!」
 こちらへ詰め寄ろうとしていたゼイユの怒りの矛先はすぐに弟へ変わった。
 
 ああ、自分が今ここにいられて良かった。スグリに突っかかろうとするゼイユを慌てて止めるオーガポン。彼らの姿を見てアオイは心底そう思った。この林間学校での楽しみを独り占めしてしまうのはアカデミーの友人達には申し訳ないけれど、もし自分がここに来ていなかったら……キタカミの里のみんなと出会えないのは嫌だった。
 
 大丈夫、仲直りできたんだから、今うまく話せなくっても。
 仲直りしたんだから、オーガポンを送り届けて、その帰りに話したっていい。
 鬼が山登ったら話してみよう。
 大丈夫、大丈夫。鬼が山登った後に話せなくっても林間学校はまだ明日もあるから、明日話したっていいじゃないか。
 もっとゼイユとスグリとバトルがしたいし、キタカミの里のことも、もっと知りたい。オーガポンにもスイリョクタウンを楽しんでほしいし。そうだ、せっかくだから恐れ穴に何か持ってきたらいいんじゃないだろうか。スグリだって恐れ穴の様子を寂しいって気にしていた。そうして林間学校の残りの期間を過ごしても良いかもしれない。
 
 きっと大丈夫、こうしてみんなで鬼が山登ったこともきっと良い思い出になるから。
あとがき

暗めの話が書きたかった。ハッピーエンドに至るまでの下がる部分。実際当事者だったら、あそこから完全に喧嘩別れみたいな形になるなんて想像できなくない!?

2024年3月31日 pixiv投稿