泣き虫オレンジ

 フジが原を抜けて、スイリョクタウンの方向へ走る二人と一つの小さな影。少し前にスイリョクタウンを出たばかりなのに彼らはなぜか来た道を引き返していた。
「あれが噂の鬼面衆か~、強いんだねー!」
「アオイあんた! オーガポンのお面取り戻さなくちゃいけないのに、なに道草食ってるのよ!」
「が、がお!?」
 あっけらかんと話すアオイに食ってかかるゼイユ。その剣幕に驚いたのかオーガポンは慌てて二人の間に割ってはいった。
「喧嘩じゃないわよ、大丈夫」
 ゼイユはオーガポンに言い聞かせると、ほら、急ぐ! とすぐさまアオイの背を押し一度止まった足を早めるように促した。
「あんたの手持ちはみんな瀕死だし、なんかあったらあたしが戦うから」
 ゼイユのお喋りは止まらないが、すぐにモンスターボールを取り出せるように、と警戒しながら進む。スイリョクタウンで復活したともっこたちの情報を集めて、さぁ、オーガポンのお面を取り戻しに行くぞ! というところだったのだが・・・・・・。
「アオイでも負けることあんだね。あんた結構強いし、スグも強い強いって話してたから。ちょっと驚いた」
「そりゃ、わたしより強い人なんてごまんといるもん! この間なんてすっごく強い野生のポケモンと鉢合わせちゃって……なかなか逃げられなくて散々だったよ」
 アオイの手の中のモンスターボール。その中ではくったりと力なく彼女の相棒であるウェーニバルが小さくなっている。
 鬼面衆、キタカミの里に点在する鬼の面をかぶったトレーナー達。キタカミセンターにいた男性から強いトレーナーだと聞いてはいた。オーガポンのお面を取り戻しに行かなくてはいけなかったのに、アオイはつい、いつもの調子で話しかけて返り討ちにされてしまったのだった。
「さっきもバトルも・・・・・・痛い思いさせちゃったね、ごめんね」
 通して傷ついた相棒をいたわるようにモンスターボールを撫でる。
「はー、負けるとやっぱり堪えるな」
 そうは言っても、負けたこともなんでもなさそうだ。ゼイユの目にはアオイの様子はそういう風に見えていた。
「反省会は後! ほら、行くわよ!」
 ともっこたちの戦いに備えてちゃんと回復しておこう。道具での回復ではなく一度スイリョクタウンのポケモンセンターまで戻ることを提案したのはアオイだった。一方ゼイユはそれに納得しても、それはそれとして気が急いた。もっと急ごうと促しても、アオイから返事がない。振り返ってみれば彼女は立ち止まっているではないか。その足下ではオーガポンがアオイを見上げている。
 
 オーガポンのお面を取り戻しに行くっていうところなのに! 頭がカッと熱くなる。さっきの物言いといい、アオイの態度はあまりにものんきじゃないだろうか。ツカツカと足音がするくらいの勢いで引き返す。「何立ち止まってんの! それに今あんた戦えるポケモンいないんだから離れないで着いてきて……」
 よ、と最後の一音が言えなかった。
 
 俯いて、帽子の陰に隠れる表情は見えないが紫色になるほど唇を噛み締めている。
「あ、あんた、泣いてんの?」
「な゛い゛て゛な゛い゛~!!」
「ぽに~!?」
 まずい、自分のすぐに口に出てしまうたちを呪う。ゼイユがかけた一言が目の前の少女の涙のタガを外してしまったのだ。
(あの平気そうな態度、空元気だったっていうの!?)
 ボロボロと零れはじめた涙。オーガポンも慌てふためいて、ゼイユとアオイを見比べたり、服の裾をひっぱたりするのだが、もはやアオイにはそれに気づく余裕はなかった。
「し、仕方ないわよ、相手は大人で、しかもキタカミの里でもめちゃくちゃ強いんだから。そんな泣くことないわよ」
「でもぐやじい~!!」
 一方の手でボールを握り締め、もう一方の手で涙を拭う。さっきまでこらえていた反動なのか、憚ることなく”あーん!”と泣き叫ぶ
「ごめんね~!! 痛かったよね~、勝ちたかったよね~」
「わ、わたしが相手の強さを見極められなかったから」
 ポケモン達へ詫びながら鼻を鳴らして咽び泣く。咳き込むほどの涙の勢い。
 つられてオーガポンの方も涙が溢れてきた。
「が、がお……がおーん!! がおーん!!」
「う゛わああああん!!」
「や、やだ、オーガポンまで泣かないでよ!!」
 そうは言っても止めようとも思っても涙というのは止まるものではない。ゼイユの叫びもむなしく、一人と一匹の泣き声はフジが原に響く。
(なにこれ、地獄か?)
「ほ、ほら鼻水かんで! 垂れてるわよ!」
 とにかく泣き止ませなくては。ゼイユはウエストポーチからポケットティッシュを取り出す。ほら、チーンッ! とかけ声と共に泣きべそをかく少女の鼻をつまむ。アオイの方も大人しく、チーンッと洟をかむ。
 ゼイユは今度はちり紙を数枚アオイに手渡す。さっきも別に自分が直接彼女の洟をかんでやる必要はなかったのだ。ただ、そういえば昔、スグが小さい頃にもこんなふうにべそかいていたな。とそんなことを思い出して自然と手が出てしまったのだ。
「ほら、オーガポンも」
 かがみ込んで、オーガポンの大きな瞳からポロポロ溢れる涙を拭う。幸い、こちらは鼻水までは出ていなかった。
「ごめんね、すぐに涙引っ込めるからね」
 アオイの鼻はまだぐぢぐぢと鳴っているし、その話し声はちり紙で鼻を押さえているせいでいつもよりくぐもっている。まだ涙が引っ込む気配はない。
「オーガポンもごめんね、はやくお面を取り戻さなきゃいけないのに」
「ぽに!」
 一方オーガポンの方はつられて涙が出ただけだったからか、もう笑顔に戻っていた。大丈夫! と伝えるかのように小さな手をグルグルと振り回す。
「いいから! ほらお水も飲みな!」
 ゼイユの差し出した”おいしい水”をコクコクと飲むアオイのあどけない姿。まだ涙目のアオイの様子を見ていると、年上の自分にポケモンバトルで勝ったことや、負けたとはいえ鬼面衆と健闘したことなど夢だったんじゃなかろうか、そんな風に思えてきた。
 しかも、ただの野良試合に負けたくらいでこんな泣くほど悔しがるなんて。この勝負になにか大事なものがかかっていたわけではない。それに普通は圧倒的な実力差の前に大抵のポケモントレーナーは諦めてしまって悔しいなんて気持ち湧いてこない。
 子供っぽいというか、それだけ真剣ということなのか。ある意味こんなに本気で悔しがれるのも才能だろうか?
 だんだんと落ち着きを取り戻してきたアオイ。ようやっとオーガポンが自分の横に寄り添っていたのは、アオイのことを心配していたのだと気づいた。
 ありがとう、と屈み込んでオーガポンと触れあう。ゼイユの目には、アオイのそんな様子はやっぱり、自分を打ち負かしたポケモントレーナーとは思えないくらい、幼く見えるのだった。
 
 カシャッ
 
 突然響いたシャッター音。アオイが音の出所に目をやれば、そこにはスマホロトムを構えたゼイユ。オーガポンに気をとられてゼイユの行動には全然気づかなかった。さっきまで優しく世話を焼いた様子から変わって、どこか意地悪なニヤニヤとしている。
 くるりとスマホロトムが身を反転すれば、その画面には鼻を赤くしたくちゃくちゃな顔のアオイの姿が写っている。
「あーっ! 勝手に写真撮らないでよ~! 消して消してぇ!!」
「あら! 洟もかんであげて、おいしい水まで分けてあげたのよ。こんなに優しくしてあげたんだから、これくらいの楽しみ貰ってもいいでしょ」
 たしかにゼイユには大層迷惑をかけた。これにはアオイも反論できずに黙り込む。
「後でスグにもみせてやろっと」
「え! やだ! スグリには見せないでよ!! 撮るのはまだいいけど見せるのはダメ!!」
 うぅ~っ! と唸って今にもスマホロトムに飛びかからんとするアオイ。引っ込みかけていた涙がまたこぼれそうになる。加えて横のオーガポンも、すわ喧嘩か? と二人の間に割って入ってくる。
「わ、わかったわかった。なによもう、これじゃ私がいじめたみたいじゃない」
 せっかく泣き止みそうなところだったのに、また泣き出してはたまらない。今度はゼイユがまいったと音をあげて、このやりとりはひとまず解決したのだった。
「はー、スグにもあんたの情けない姿見せたかったんだけどな」
 珍しいもん見られたねー、とゼイユがオーガポンに声をかければ、意味がわかっているのかわかっていないのか、ぽにー! と元気に返事が返ってくる。
「ほんとに見せないでよね。スグリは私のこと強い強いって喜んでくれるから、こんな負けて泣いてるところ見せたくない……」
 アオイの涙がにひいたのを待ってスイリョクタウンへ歩き出した。涙がひいたと言っても話題は未だにアオイの涙のことで持ちきりだ。
「見栄張ってるんじゃないわよ~! はー、せっかく仲直りしたのにまたスグのこと除け者にするの??」
「ち! ちがう! ただ、」
「ただ……?」
「わ、笑い話にできるくらい気持ちに整理ついたら自分で言うから」
 坂を登り切れば三叉路。りんご園を抜ける下り道を進めばもうスイリョクタウンだ。
「回復してくるから、ふたりとも待ってて!!」
「スグと鉢合わせないように気をつけなさいよー」
 駆けていくアオイの背中に声をかける。あれだけ意固地になってスグリに泣き顔を見せるなと言ったのだ。鼻も目元にも赤みが残っているその顔を当の本人に見られてしまっては、その楽しみを我慢したゼイユとしてはがっかりだ。
「友達なんだから、別にそんな見栄張んなくたっていいのにね? あいつも意外とプライド高いわー」
 スグとそっくり。ゼイユがそうオーガポンに問いかけても、オーガポンは応えることなくずっとアオイを見送ったままだった。
あとがき

スグアオ表記なのにスグリくんも出ないし、恋愛要素ほぼないです。
ごめんなさい。でもいつかそういう関係に至るひととの間にある小さい積み重ねが好きなので書きました。
あとゼイユちゃんとオーガポンがわちゃわちゃしてるのも好きなので。


2024年3月31日 pixiv投稿