ねぇ、僕そろそろ主のところへ帰りたいんだけど。まだ話すの? もうなんべんも話したんだけどな・・・・・・本当にこれが最後? 話したら主のところに返してくれるのかい? うーん、それなら仕方ないか。わかった、もう一回話すよ。本当にこれが最後だからね。
 
 うん、うちの本丸に鬼が出たんだ。オ、ニ。いや、まだ鬼とも言えないようなものかな。うーんとね、少なくとも肌が赤くて大柄で牛みたいな角が生えていて虎の毛皮の腰巻き。そういう、鬼っていわれて想像するようなものじゃあ、なくって。
 ほら、鬼ってさ嫉妬とか恨みとか、そういう理由で”成っちゃう”だろう? まぁ、鬼っていっても定義はいろいろあるけどさ。なんだっけね?『鬼』って言葉が指すものも昔は違う意味だったろう。なんていうんだっけね。ごめんねぇ、忘れてしまって。
 今回の話はとりあえずさぁ、人に害なすもの。嫉妬や恨み、執着。そういったものが積み重なって、鬼になりつつある曖昧な存在。そういうモノの話。でも、鬼になりつつあるなんちゃら~なんて長いだろう? だからとりあえず、鬼。これから先は鬼って呼ぶね。名前なんてさ、どうでもいいと思うんだけど。君たちには名前って定めた方がわかりやすいんだろう?
 
 それでね、その鬼は僕たちの本丸に現れた。主の部屋と本丸の玄関、その二つを結ぶながーい曲がりくねった廊下を、それは一歩一歩進むんだ。現れるたび、少しずつ先に進む。
 
 最初のうちは小さな気配だった。誰もその存在に気づかないくらいの。最初に気づいたのは――誰だったかな? 夜中にね、真っ暗な廊下を ギシッ ギシッ て歩いているんだよ。こう、背を曲げて項垂れるような姿でね。ずいぶん身体が重そうに見えたな。息もずいぶん荒かった。ゼイゼイヒューヒュー言っていて、見ていてかわいそうなくらいだったよ。
 
 うん? そうだね、僕ももちろん見たさ。どうしようかって本丸のみんなと相談して。一応ね、僕は鬼を切った刀だからね。ほかのみんなにも頼られたよ。
 それでね、鬼が現れても別に何か害があるというわけじゃないんだ。誰かが鬼に襲われるとか。まだね、まだ何も起こっていなかった。だからすぐにたたき切ってしまおうとはならなかった。それはなんにもしていない。ただ、現れるたびに少しずつ歩みを進めるだけ。
 
 え? うん、そうそう。忘れていないよ。さっき話したことだろう? ちゃんとこれから順番に話すよ。それでね、鬼は毎日現れるというわけではなかったんだ。現れる日にちが決まっているわけでもない。鬼は不定期に現れたんだ。でも法則性がないわけじゃなかった。鬼が現れた時は決まって、おんなじ出来事があった。記録、そっちにも残ってるんだろう? そうだよ。鬼が現れるときは決まって主の父親から接触があった。主が本丸の外で父親と面会した時もあったし、父親の方から主に連絡を取ってきた時もあった。こういうの、君たち時の政府の許可が必要だよね? いちいち記録してるんでしょ? いつ会ったとか、手紙が来たとか、電話がかかってきたとか。君たちも把握してるはずだよね?
 
 あれ、ちょっと普通じゃないよね?
 
 いやぁ、僕はさ、現代の家族の形ってモノはわからないんだけどさ。”アレ”が長となって家のことをあれこれ采配するなんてねぇ。ちょっとたまったものじゃないよ。そりゃあね、僕が活躍したのはさあ、骨肉相食むようなこともざらにあったけどね。でも、今はそうじゃないだろう? そんなこと、必要ない時代だろう? あの、主の父親とかいうモノ。現代じゃ、あれが普通ってことはないだろう? そうだよね、やっぱり変だよねぇ。ごめん、ごめん。僕の感じたことがおかしいのかと思って、会う人会う人につい聞いてしまうんだ。なんべんもしつこいよね。ま、僕のほうも同じようになんべんも説明してるんだからこれでおあいこだよね。
 それでさ、あの、そう主の父親ね、変なヒト。あのヒトの連絡してくる頻度、多かったよね。そう! しょっちゅう! ひっきりなしに接触してきた。ほらぁ、やっぱりあんなに頻繁に連絡してくるのって変なんだ。それでね、連絡があった後は決まって、主は調子を崩していた。塞ぎ込んで、僕たちを指揮する頭も心も鈍っていた。実際に体調も悪いようだったね。あんまりひどいと主は一日中床に伏せっていることもあった。かわいそうでね。あの病、今はなんて言うんだったかな。コンコン、ゼイゼイ、ヒューヒューと、咳が出て、呼吸が荒くて。ほら、あの病を避ける蔵のカレ。刀抱えて主の隣つきっきりで座り込んだりしていたよ。薬のおかげで命に関わることはないんだけど、それでもみんな主の苦しみをどうになくしてやりたくてね。みんなで、あーしたらどうだろう、こーしたらっていろいろ試してみたりしたなあ。
 
 あぁ、うん。鬼の話ね。そう、主の父親とかいうヒトと主が接触した日。その日は決まって本丸に鬼が現れた。父親、ちちおやね。そりゃ昔はね、親子兄弟で争ってなんてことは普通にあったよ。でもさぁ、それって家を守って存続させるためだろう? あの父親とかいうのがやってるのはさ、家を守るためっていうんじゃなくて、ただ自分の作った家を自分で食い潰すようなものだよ。
 最初に言ったよね、嫉妬とか恨みとか、執着とか。そういうものが積み重なって鬼に成っちゃうって。もうさ、ふたりの間にはそういうものが溜まって澱んでどうしようもなくなっていた。今まではまだ何もなかったけど、このままだといつ本当に鬼になってしまうかわからなかったんだ。実際に誰かを害することになるかもしれない。そうなってしまったら遅いんだよ。
 
 だから僕が切った。鬼になってしまったら、廊下を渡りきって本丸から出て行ってしまったら、もう間に合わなくなってしまうから。そうなる前に恨みと執着の”もと”を断ち切ったんだ。うん、後悔していないよ。
 
 だから――主の元にあの父親とか名乗るヒトも、今後は本丸に鬼も現れない。主の憂いも晴れたし、万々歳だよね? 僕の説明も終わったし、そろそろ主の元に返してほしいんだけど。
 
 鬼を斬らなかった髭切が語った話
あとがき
髭切といえば”鬼”の話が書きたい!と書くだけ書いて放置していたもの。
間が空いちゃうと投稿するのになかなかやるきがでないもんですね。

2025年10月13日 pixiv投稿