リモートワーク 他二篇

時間に厳しい本丸

 来てもらったところ悪いが、残念ながら大包平は今日不在だ。遠征でな。
 あぁ、別に大包平でなくてもいいのか。それじゃあまぁ、今週の近侍である俺が代わりに話すとするか。
 
 それでなんだったかな。はあ、ここがどうして“時間に厳しい本丸”と呼ばれているか、という話だったか。
 ……そんなふうに言われているのか? この本丸は?
 別に厳しいわけでもないんだが、なるほど。提出される業務履歴の時間の記録が毎度まいど妙に揃っている? そんなことまで時の政府は確認しているのか。いやなに、この聞き取り調査といい、熱心なことだと思ってな。
 別にこの本丸は特別時間に厳しいというわけでもない。嘘をついているわけじゃぁない。ただここで過ごしていると自然と時間を意識して行動してしまうだけだ。いやなに、仕方ない。人伝に話が広がると勝手に尾鰭を付け足されてしまうものだ。実際に自分たちの身に起こってみるとおかしな気分だがな。
 
 さて、こんな早朝に本丸の敷地にも入れず外で立ち話というのも悪いな。せっかくだから中で茶を、と言いたいところなんだが。ここでしばし待て、その方が説明の手間が省ける。
 
 …………、……………、…………。
 
 どうだ? 聞こえたか? あのやかましい笑い声だ。お前にもちゃんと聞こえたろう?
 ちょうどこの塀の向こうにある部屋だ。毎日きっかり卯の刻にああして笑いだす。館の反対側の部屋で寝入っていても聞こえてくるからな、否が応でも起きざるをえない。
 
 ん? ああ、なに。別に曰くのある部屋だとかそういうものじゃない。あそこは元々使い道の決まっていない部屋だったんだ。
 これから刀剣男士の数が増えてきたら、そいつらの部屋にあてるか、どうするか……と考えていたらある日突然けたたましい笑い声がするようになった。
 あの時は……すごい勢いだった。笑い声が? それもそうだが、男士たちの集まる勢いがな。すっ転ぶように駆け込んできた者もいたぞ。すぐさま部屋の戸を開いた、中には何もなかったがな。誰もいなかった。使っていない部屋だから雨戸も閉めきっていて、暗くてなぁ。
 戸を開け放して部屋に日がさしても、声の主らしきものは何も見つからなかったんだ。
 
 そして先ほど君が聞いたように、あの哄笑は一度きりではなかった。今もこうして続いている。もう日常の一コマ、というやつだ。
 ああ、最初のうちは毎日まいにち、本丸の皆であの笑い声の主を突き止めようと試みた。しかし、いざ笑い声のする部屋に飛び込むと、その声はピタリと止まってしまう。では先に部屋の中に待機してみたら……と考えたんだが。いや、あれは流石に俺も参った。そうだ、俺も試してみたんだ。いつもの時間になると頭が割れんばかりの大音量が部屋中で、だ。狂ったように響く笑い声に苦しみ、痛みを堪えて探してみたんだが。押し入れの中や畳までひっぺがした。男士総出で部屋にぎゅうぎゅうと、あの小さな部屋ではかえって動きづらいだろうに。屋根裏まで確認したぞ? しかし、やはり笑い声の主は見つからなかった。
 
 叩っ斬ってやると血気盛んなものも大勢いたんだがな。こう姿をあらわさないとなると、なぁ? いないものは切れないだろう?
 原因も正体もわからないのは気味が悪いものだが日に一度うるさいこと以外に不便はなかったからな。俺たちだって、まぁ理屈のわからない存在だ。それらとたいして変わらんだろう。皆、そのうち興味を失った。
 
 そうしてあの笑い声を放っておいたのだが、そのような妥協を許さないものが現れた。
 なに予想がつく? よくわかったな。そう、大包平だ。あの時のことは実に面白かった。
 顕現した次の日、早速あの笑い声で飛び起きてな。例の部屋に駆けつけてひとり混乱した様子でな。
 ん? 事前に説明してやらなかったのか? ははは、すっかり忘れていたんだ。いやいや、わざとじゃない。
 部屋を開ければ笑い声は静まるんだが、あいつはそのまま部屋の中で姿を見せない声の主に説教しはじめてな。何がおかしいんだとか、笑ってしまうほど愉快なのはいいがこんな早朝に時間を考えろとか。ひととおり言いたいことを言い終えたら、顕現した翌日のことだったからな本丸のことやら任務のことやら説明のために回収されたよ。
 
 大包平の説教があったが、それ以外は毎日聞こえるただの騒音だ。今日はこれでしまいだな、と皆それぞれの仕事に取り掛かった。
 そうして仕事が調子に乗ってきたところに、再びあのやかましい哄笑が始まった。
 
 いや、同日のうちに再び笑い声がするのはあれが初めてだった。しかも何度も。そうだ、一刻後に再び、そのまた後に! 大包平の説教が気に食わなかったのか、はたまた気に入ったのか。声の主はこれを毎日、日に何度も繰り返すようになった、こうしてあの笑い声が日常になってしまったわけだ。
 
 あのうるさい笑い声、どこにいたって聞こえるからな。あれを時刻の目安として自然と規則正しい生活になってしまったんだ。それだけだ、別に時間にことさら厳しいわけではない。
 
 さっきも言ったがやかましいだけだからな、俺たちはやがて気にしなくなったんだが、……ああ、主があの声に参ってしまってなぁ。
 残念ながら出ていってしまった。いわゆる、ノイローゼというやつだ。
 いや! いやいやいや! 今、たしかにこの本丸に主は不在だが。主を失ったわけではない。
 “リモートワーク”というやつだ。
 今は別のところに一人で暮らしていてな。そこから指示を出しているぞ。便利な世の中になったなぁ。
 
 話したら喉が渇いた。俺は戻る。
 また明日来るといい、違う話もしてやろう。

アフリカのお土産

 やっと来たか。今日は茶も用意したんだがな、そうだ、この水筒だ。
しかし、悪いな、お前の分はもう飲んでしまった。
 まぁいい、少し移動するぞ。
 
 今回も本丸にあげられなくてすまないが、ここからなら見えるだろう。
 そら、あそこの、あの窓だ。そうだ、あの開け放してある窓だ。中の様子が見えるか?
 そこの……壁にかけてある、そう、あの異様な面が見えるだろう。
 そう、面なんだ。顔につけるやつだ。被ってみると頭の先からヘソまである。でかいだろう。
 俺が被ったんじゃない、大包平だ。
 そうだ、大包平があいつを連れてきたんだ。アフリカのお土産らしい。いやいや、大包平本にんがアフリカに行ったわけじゃあない。
 ちょうど主がこの本丸を去った頃、入れ替わるような時期だ。
 
 休日にな、出かけてきたと思ったらどこかの骨董品店だか骨董市とやらで拾ってきて、いや、本当に拾ったわけでわけじゃあない。正確には買ってきたんだが、ん? 値段はいくらだか知らんがなぁ。
 
 主がリモートワークになってからな、そう、昨日話した笑い声のせいだ。
 その笑い声が、不思議としなくなったんだ。
 主がいなくなったからなのか、大包平があいつ、あの面を連れてきたからなのか。
 突然止んだわけではない。徐々に声の覇気がなくなっていってな。
 ほら、最初は卯の刻から始まって大包平が怒って突撃したおかげで一刻ごとに笑い声がするようになっただろう?
 それがやがて遅い時間からだんだんと声がしなくなっていって、最終的には卯の刻の声もしなくなったんだ。
 
 大包平は大層自慢げでなぁ……自分が連れてきたあいつのおかげだと。
 いや、本当のところ、あいつのおかげなのかはわからん。あいつの話す言葉が異国のものだもんで。ほら、あの仮面のやつだ。
 ん? そうだが? 好きに動き回ったりすることこそないが、あいつも付喪神の類だろう。見たとおりずいぶん古いものだから、俺たちほどではないが。なにかとぶつぶつ話しかけてくるからなぁ。
 さっきも言ったように何を言っているかてんでわからんのだが、大包平のやつはあれはきっとアフリカの言葉だと。
 いやいや、アフリカと言われても範囲が広すぎるだろう。なぁ?
 アフリカのどこかの国で魔除けやら祭祀に使われていたものだと売り込まれたらしい。変わった土産として連れてこられたそうだ。その売り主が語るあいつの身の上話に、本にんの言葉も分からんのに勝手に何やら感銘を受けて、俺がこいつを大事にする! そしていつかこいつを故郷に戻してやる! と異国に行くために貯金まではじめて。大包平がいたら直接本にんに説明させたんだが、あいつは今遠征中だから。
 
 話を面のことに戻そう。
 
 いやまぁ、本丸が静かになったのはあの面のおかげじゃないか、という話が主まで伝わってな。一度様子を見に帰ってくることになったんだ。
 主も本丸の皆に挨拶を終えて、あの仮面のやつのな、前まで来てわざわざ丁寧にお礼を言って。皆に土産として持ってきた饅頭の一つも供えてやったり。やはり他所より本丸の方が落ち着くんだな。本丸の怪異がおさまって、これでやっと帰ってこられると主はおおいに喜んでいた。
 
 まぁ待て待て、本丸に平和と主が戻ってきて一件落着。と、これで話は終わりじゃないんだ。
 
 さっきも言ったように主の方もあいつに大層感謝してな、ここにきてから飾りっぱなしだったから随分埃が積もっていることに気づいた。拭ってやろうと……そう主自らな。はぁ、そうだな。あの時俺たちは皆、あいつが羨ましかったよ。主が帰ってきてから一番の労いを受けて、一番最初に手入れしてもらったようなものだからな。さて、主は何かしらやつの埃を拭えるようなものを用意して、とにかく先に面をおろそうと手をかけた途端……仮面のやつが飛び跳ねた! そのまま床に落っこちて、こう、陸にあげられて飛び跳ねる魚のようにな、カタカタガクガクと顎を鳴らしてな。
 そうなんだ、内側から手をかけて口が開閉するような構造なんだ、あいつは。
 そうしたら主の方もキャーッ! と。ああ、そうだ絹を裂くような悲鳴とは言ったもんだな。そのまま尻餅をついてひっくり返った。無理もないだろう? すっかり安心しきっていたところにこんなことが起こるなんて。面がひとりでに飛び上がって、そのまま床の上を跳ね回る。驚かないわけない。主は混乱しているのかはたまた恐怖にすくみ上がっているのかひっくり返ったままだ。そばについていた男士たちも呆気に取られてな。一拍遅れて主に駆け寄り、その場から引き離そうとする。しかし動けない。かわいそうに腰が抜けてしまっていたんだ。気丈な態度をとっていても、本当は臆病なたちだからなあ、あの人は。
 
 そうこうしていると、同時に壁の向こうから笑い声がな。聞こえてくるんだ。そう、一度はおさまったはずのあのけたたましい笑い声だ。
 主はますます血の気が引いてブルブルと震え出した。対照的に笑い声の激しさは増していき、それが頂点に達した時、主はスクっと身を起こした。皆に支えられても動けなかったのに、急にだ。そのまま男士たちを振り払って、こう、どったんばったんと、笑い声に負けないものすごい勢いだ。そうしてそのまま走って出て行ってしまった。響き続ける声はまるで主の背中に向かって嘲笑っているように聞こえたよ。害がないなんて今まで気にしないでいたが、そこで初めて、俺はとんでもないものを放っておいてしまったのだと気づいた。
 あれ以来、主はここには帰ってきていない。
 そうして笑い声はそのままだ。
 
 すまない、重い空気になってしまったな。主とは離ればなれだが、あの人が俺たちを見捨てたわけではない。離れていても共に戦ってくれている。……ん? ああ、あの仮面を処分しないのか? あいつが悪さしたわけでないのはわかっているからな。
 そうさ、言葉は分からずともそれくらいはわかる。
 審神者の力が働いたのか、あいつなり喜びを伝えたかったのか、タイミングが悪かっただけだ。
 大包平もなぁ、自分が連れてきた面のせいで主を怯えさせてしまったと、あいつは本来良い奴なんだが、なんてしょげかえっていたぞ、はははは。
 
 さあ、この話はこれで終わりだ。
 明日もう一度来たらいい。最後にとっておきの話をしてやろう。

リモートワーク

 待て、本丸には入るな。
 ここ数日、うちの本丸の鶯丸と話し込んでいたというのはお前か? そうか、確かだな。
 早く帰った方がいい。
 やつは来ない。
 
 急にそんなことを言われても納得できないという顔だな。……そうだな、すまん。
 理由をちゃんと伝えよう。
 俺たちの主は今リモートワークというかたちで遠く離れた場所から戦いの指揮してくれているんだが……鶯丸に聞いた? そうか、それは知っているのか。鶯丸が今週の近侍だというのは? それも知っている? そうか……。そうだ、俺たちの本丸は一週間ごとに近侍を交代することになっている。
 そして近侍は本丸を離れている主の元で一週間過ごす。
 
 だからこの本丸に今、“近侍の鶯丸”はいない。いるはずがない。
 分かったか? いや、うちは同じ刀剣男士を複数顕現しない。はぐらかすな。
 
 これで本当に分かっただろう? 理解したのなら早く帰れ。お前も、この本丸にはもう来ない方が良い。
 俺はあいつを探す。
 
 やっと姿を現したんだからな。
 
 鳩を抱えた大包平が語った話
あとがき

仮題は『鶯丸三連発』でホラーっぽい話なんだけどオチが全部大包平に持って行かれて全然怖くない話を鶯丸が3つする。というタイトル先行で考えていたお話でした。
全然違う雰囲気になったけど、まぁ、ヨシ!!

2024年1月20日 pixiv投稿