ハコロ島の上空に紫雲が立ち込めている。まだ日の差す時間帯だというのにあたりの様子はすでに黄昏時のようなマハナ村に一人の少年がいた。ライダーの村では少々浮いているハンターの少年は一人の少女を探し歩いていた。
(あいつ、こんな時にどこに行ったんだよ)
各地で見つかった大穴とモンスターの凶光化、それらの原因であるモンスターの居場所がハコロ島の禁足地であることが分かったのだ。その居所に踏み込むための準備をそれぞれが終えたのに、切り札となるリオレウスとその乗り手の少女の姿が現れない。
少女の相棒を自称するアイルーや竜人の少女は”少女も準備に時間がかかっているのだろう、それにここは彼女の生まれ故郷でだし、村の様子を見て回ったり積もる話もあるのかもしれない”などと、もう少し待つ姿勢を見せていた。しかしハンターの少年は気が急いて大人しく待ってなどいられなかった。
慣れない村を歩いて回り、最後にたどり着いたのは村の外れにあるモンスターの厩舎。
普段だったらモンスターの世話をするアイルーやライダーたちで賑わっているが、こんな状況のせいか彼らの姿は見られない。もしかしたら、少女は厩舎で休ませているリオレウスのところにいるのかもしれないと、そっと中を覗いてみる。
見つけた。少女は地面に座り込み自分のオトモンであるレウスにもたれかかっている。居眠りでもしているのだろうか、眠っているレウスの首元に顔をうずめて表情は見えない。この窮地に暢気なものだ。カイルは薄暗い厩舎の中に踏み込む。周囲がやけに静かなせいか、物音を立て手はいけないような気がして、そっと息を殺して近づいた。どれ、起こしてやろう。そうして声をかけようとして――やめた。
眠っているのではない。レウスの首に縋りつき、肩を震わせている。もしや啜り泣いているのか? とっさに少女たちからは見えないスペースに身を隠し、よくよく耳を澄ませると聞こえてくる嗚咽。見てはいけない、聞いてはいけない場面に遭遇してしまったようで覗き見るのははばかられる。しかし、ここで物音を立てて少女たちに自分の存在を知られてはいけない。そんな気がしてにっちもさっちも動けなくなってしまった。
「レウスが死んじゃったらどうしよう」
「まだ生まれたばかりなのに」
「体はつらくない? 頼りないライダーでごめんね」
所々嗚咽が混じる鼻にかかった震える声。これがあのライダーの少女のものなのか。
ギャルル……
身じろぐレウス、発した声は寝言だろうか。本来、暴れれば人間なんてひとたまりのないような凶悪なモンスターのはずなのにその寝顔はあどけない。こうしてすぐそばにひとがいるのに目覚めないとは、人の手で育てられたから警戒心が薄いのか、はたまたそれほどライダーの少女を信頼しているのか……。
「ふふ、こんな弱気になってたらそれこそ本当にダメライダーだよね」
ずずっと、鼻を啜りライダーの少女は立ち上がりかける。
(まずい!)
焦ってはいけない。カイルは自分も急いで腰を上げる。最速で、しかし気配も音も殺して、後退る。ここには誰もいなかったように、彼女の独白を誰も聞かなかったことにしなくては。柱の陰に積み重ねられた藁、遮蔽物に隠れながら息を潜めて厩舎の外へ出る。――間に合った! ここまで来れば息を潜める必要もないだろう。幸いなことにライダーの少女はまだ厩舎から出てくる様子はなさそうだ。少女はまだ完全に涙がひっこんでいないのだろうか、いや、余計なことは考えないでこのまま立ち去ろう。カイルは後ろ髪引かれながらも厩舎から離れようとした矢先、つま先に何かがかする。
大きな音を立ててゴロンゴロンと樽が転がる、ついでに立てかけてあった農具も盛大に倒れる。これはもしや厩舎アイルーが乗っていたものだろうか、ついそんなことを考えてしまうがその余裕はない。今の音で少女に近くに誰かがいることがばれてしまった、こうなったら一か八かと覚悟を決める。
「っあ! ああ~っと、た、倒しちまったー」
今まで気配を殺していたのとは反対に、わざとらしいほど大きな声を出した。樽の土を払いゆっくりと元の場所に戻していく。我ながら見え透いた演技だが、さも今厩舎にたどり着いたばかりで、うっかり樽や農具を倒してしまったんですよ、というように振る舞う。
ピッチフォークを壁に立てかけ、ようやっと元の状態まで整えたところで、ふわ~ぁ、と大きなあくびをしながら少女は厩舎から出てきた。
「レウスのところで居眠りしちゃってさ、大きな音で目が覚めたよ~」
「こんな状況で居眠りだなんて、ノーテンキな奴だな。全然出てこないからビビって逃げたのかと思ったぞ」
「び、びびってねーし」
チラと横目で窺えば図星をつかれて焦ったように、拗ねるように唇を尖らせた。
「オトモンにはライダーの気持ちが伝わるの。ライダーが不安だとオトモンも不安になる。だからびびってなんかいられないよ」
「アルトゥーラを見つけ出して、世界の破滅を防がなきゃ。そしてレウスの汚名を雪ぐ。レウスのせいで世界が破滅する、なんてもう誰にも言わせない」
少女は静かに力強く宣言した。
(ロロスカでオレに向かってきた時も、こんな顔をしていたな)
「レウスもエナもナビルーも、ツキノとカイル君もいるしね」
「行こう、みんなでアルトゥーラを止めるぞ」
その声がかすかに震えていたことは気づかなかったことにしよう。
その目尻に浮かぶ涙はあくびで出たものだとしておこう。
さっきまで弱々しく、べそをかいていた女の子なんていなかったのだ。
隣にいるのは世界を、レウスを守るために戦うと奮い立つ”ライダー”なのだから。
(あいつ、こんな時にどこに行ったんだよ)
各地で見つかった大穴とモンスターの凶光化、それらの原因であるモンスターの居場所がハコロ島の禁足地であることが分かったのだ。その居所に踏み込むための準備をそれぞれが終えたのに、切り札となるリオレウスとその乗り手の少女の姿が現れない。
少女の相棒を自称するアイルーや竜人の少女は”少女も準備に時間がかかっているのだろう、それにここは彼女の生まれ故郷でだし、村の様子を見て回ったり積もる話もあるのかもしれない”などと、もう少し待つ姿勢を見せていた。しかしハンターの少年は気が急いて大人しく待ってなどいられなかった。
慣れない村を歩いて回り、最後にたどり着いたのは村の外れにあるモンスターの厩舎。
普段だったらモンスターの世話をするアイルーやライダーたちで賑わっているが、こんな状況のせいか彼らの姿は見られない。もしかしたら、少女は厩舎で休ませているリオレウスのところにいるのかもしれないと、そっと中を覗いてみる。
見つけた。少女は地面に座り込み自分のオトモンであるレウスにもたれかかっている。居眠りでもしているのだろうか、眠っているレウスの首元に顔をうずめて表情は見えない。この窮地に暢気なものだ。カイルは薄暗い厩舎の中に踏み込む。周囲がやけに静かなせいか、物音を立て手はいけないような気がして、そっと息を殺して近づいた。どれ、起こしてやろう。そうして声をかけようとして――やめた。
眠っているのではない。レウスの首に縋りつき、肩を震わせている。もしや啜り泣いているのか? とっさに少女たちからは見えないスペースに身を隠し、よくよく耳を澄ませると聞こえてくる嗚咽。見てはいけない、聞いてはいけない場面に遭遇してしまったようで覗き見るのははばかられる。しかし、ここで物音を立てて少女たちに自分の存在を知られてはいけない。そんな気がしてにっちもさっちも動けなくなってしまった。
「レウスが死んじゃったらどうしよう」
「まだ生まれたばかりなのに」
「体はつらくない? 頼りないライダーでごめんね」
所々嗚咽が混じる鼻にかかった震える声。これがあのライダーの少女のものなのか。
ギャルル……
身じろぐレウス、発した声は寝言だろうか。本来、暴れれば人間なんてひとたまりのないような凶悪なモンスターのはずなのにその寝顔はあどけない。こうしてすぐそばにひとがいるのに目覚めないとは、人の手で育てられたから警戒心が薄いのか、はたまたそれほどライダーの少女を信頼しているのか……。
「ふふ、こんな弱気になってたらそれこそ本当にダメライダーだよね」
ずずっと、鼻を啜りライダーの少女は立ち上がりかける。
(まずい!)
焦ってはいけない。カイルは自分も急いで腰を上げる。最速で、しかし気配も音も殺して、後退る。ここには誰もいなかったように、彼女の独白を誰も聞かなかったことにしなくては。柱の陰に積み重ねられた藁、遮蔽物に隠れながら息を潜めて厩舎の外へ出る。――間に合った! ここまで来れば息を潜める必要もないだろう。幸いなことにライダーの少女はまだ厩舎から出てくる様子はなさそうだ。少女はまだ完全に涙がひっこんでいないのだろうか、いや、余計なことは考えないでこのまま立ち去ろう。カイルは後ろ髪引かれながらも厩舎から離れようとした矢先、つま先に何かがかする。
大きな音を立ててゴロンゴロンと樽が転がる、ついでに立てかけてあった農具も盛大に倒れる。これはもしや厩舎アイルーが乗っていたものだろうか、ついそんなことを考えてしまうがその余裕はない。今の音で少女に近くに誰かがいることがばれてしまった、こうなったら一か八かと覚悟を決める。
「っあ! ああ~っと、た、倒しちまったー」
今まで気配を殺していたのとは反対に、わざとらしいほど大きな声を出した。樽の土を払いゆっくりと元の場所に戻していく。我ながら見え透いた演技だが、さも今厩舎にたどり着いたばかりで、うっかり樽や農具を倒してしまったんですよ、というように振る舞う。
ピッチフォークを壁に立てかけ、ようやっと元の状態まで整えたところで、ふわ~ぁ、と大きなあくびをしながら少女は厩舎から出てきた。
「レウスのところで居眠りしちゃってさ、大きな音で目が覚めたよ~」
「こんな状況で居眠りだなんて、ノーテンキな奴だな。全然出てこないからビビって逃げたのかと思ったぞ」
「び、びびってねーし」
チラと横目で窺えば図星をつかれて焦ったように、拗ねるように唇を尖らせた。
「オトモンにはライダーの気持ちが伝わるの。ライダーが不安だとオトモンも不安になる。だからびびってなんかいられないよ」
「アルトゥーラを見つけ出して、世界の破滅を防がなきゃ。そしてレウスの汚名を雪ぐ。レウスのせいで世界が破滅する、なんてもう誰にも言わせない」
少女は静かに力強く宣言した。
(ロロスカでオレに向かってきた時も、こんな顔をしていたな)
「レウスもエナもナビルーも、ツキノとカイル君もいるしね」
「行こう、みんなでアルトゥーラを止めるぞ」
その声がかすかに震えていたことは気づかなかったことにしよう。
その目尻に浮かぶ涙はあくびで出たものだとしておこう。
さっきまで弱々しく、べそをかいていた女の子なんていなかったのだ。
隣にいるのは世界を、レウスを守るために戦うと奮い立つ”ライダー”なのだから。